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1C3.退院それから

 今思うと、退院してからも辛かった。
 家族は私が退院したので、もう病気が完治したものだと思っていた。しかし、私は凄まじい倦怠感を感じていた。
 無気力で何もする気が起きない。朝起きれない(起きるのは午後2時以降)。体の動きも思考も鈍いままだった。それは入院前よりもマシというレベルなだけで、とても働ける状態ではなかった。
 家族からは働かないことや、昼に起きるのはだらけているからだと責められた。しかし、それは睡眠薬が効いていたりして、当時の自分ではどうしようもないことだった。睡眠薬が効いているときに無理やり起きると、頭をハンマーで殴られたのではないかというくらいの頭痛が起こってしまう。また、近所の目もあり、外出することもできなかった。
 とても働ける状況ではなかったが、ハローワークに行って就職活動をした。もちろん不景気で仕事が決まるわけでもなく、家族から責められ、辛い日々を送っていた。

 毎日のように生活がだらけているとか働く気がないのかとか責められると、自分自身怠けているのではないのかと自分を責めるようになってしまう。
 家族だけでなく自分までもが、私を責めるようになってしまったのだ。

 そんなつらい日々を過ごして半年が経った。そのとき、私の生活に変化があった。私は職業訓練を受けるようになった。
 職業訓練の入所試験に合格したのだ。
 職業訓練は朝9時から、でも睡眠薬が効いているせいで起きるのは昼2時。私は、職業訓練を受けることはできないのではないかと思っていた。
 しかし、そんな私の予想に反して私は朝7時に目を覚ますことができた。
 正直驚いた。
 その後、毎日平日は朝7時に起きて、規則正しい生活をして、遅刻することなく職業訓練を修了することができた。
 やればできると、両親も喜んでいたが、退院後の半年間十分な休息を取ることができたから規則正しい生活を送ることができたのだと私は思っている。退院直後に職業訓練に行くことになっても、朝起きれなかっただろう。

 職業訓練を終え、就職活動を再開するが、仕事が決まらない。
 驚いたのは、面接を受けた殆どの企業がアンケートのようなものに記入することを求めてきた。そのアンケートのようなものは、鬱病かどうかを判断するような質問が並んでいた。
 当時の私は、そのアンケートに正直に答えた。人事担当者からは「正直に答えていただいて、あなたは信用できる」と言われたが、不採用通知が送られてきた。
 面白いことに、アンケートに病気のことを書かなければ、あっさり採用された。
 正社員ではないが・・・。

 朝6時に起きて出勤し、深夜1時半に帰宅。そんなプログラマの仕事をこなした。そんな辛い勤務の後、正社員ではないが、工場で朝9時から夕方6時まで働いている。

 私は今でも統合失調症に悩まされている。病気の状態は常に変化している。退院後半年間は倦怠感があり、その後は病状も軽くなり、このまま治っていくものだと、私も両親もそう思っていた。
 しかし、先月(2011年5月)中旬から、妄想や幻聴に悩まされている。
 薬が効いているときは、なんともないのだが。人が怖くなり、人を殺せと命令され、また自殺しろと命令され、それをしなければならないと信じている自分に体を乗っ取られそうになり、それと必死に抑えようとしているのだ。毎日。
 統合失調症は別名「精神分裂症」というらしい。
 自分の体の中にもう一人の自分がいて、自分の体を動かそうとしている。精神が分裂しているとはうまいネーミングだと思う。

 私は、私の中にいるもう一人の私には負けてはいないし、負ける気もしない。
 朝、会社で笑顔で話しかけてくる方や挨拶をしてくれる方。電話をかけてくれる方がいる。
 「私は孤独ではない」
 この確信が、もう一人の私の存在を少しでも弱めているのだ。

 鬱病や統合失調症になって、不安になりこの病気のことを調べて勉強した。
 この病気は、良い時と悪い時を繰り返しながらだんだん良くなっていくらしい。
 今はちょうど波の悪い時に来ているのだと思う。
 これからだんだん良くなっていくことを願っている。

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